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労務管理の判例ご紹介

判例のご紹介 過重労働によるうつ病

うつ病が労災になると認識されるようになったのは、「電通事件」(最高裁第二小法廷判決 平成12.3.24)に負うところが大きいと思います。事件をちょっと振り返ってみましょう。

Aさんは平成2年に電通(以下会社とする)に入社し、ラジオ局に配属され、ラジオ番組の広告主への営業が主な業務となりました。担当得意先は40社、コンサートなどイベントの企画立案、開催会場を回り、招待客の送り迎えからジュースの買出しなどの雑用まで全てこなしました。そのため、昼間の仕事が一段落する夜8時を過ぎてから企画の仕事に取り組みました。

さらに、毎朝机の雑巾がけをし、先輩たちが出社して来るまでの間に次々とかかってくる電話応対もこなしました。その結果、Aさんは入社してからの1年5ヶ月間、日曜日も必ず仕事をして、この間にとった有給休暇は半日だけでした。特に後半の8ヶ月は午前2時以降の退社が3日に一度、午前4時以降が6日に一度で、睡眠時間は30分から2時間30分でした。

Aさんは入社翌年の春ごろから真っ暗な部屋でぼんやりしたり、「人間としてもうだめかもしれない」と言い出し、うつ病の症状が現れ、同年の8月自宅で自殺しました。

その後Aさんの両親が会社に対して損害賠償を求めたのが本件です。

この裁判の特徴は、損害賠償責任の根拠として民法709条にある不法行為責任ではなく、民法715条にある使用者の責任(使用者又はその代理監督者の注意義務)を根拠として賠償を求めたことです。一審では、Aさんの残業申告は平日平均2.41時間ですが、管理員の報告により休日も含めて約5日に2日の割合で午前2時以降に退社したことが明らかにされ、恒常的にサービス残業をさせられていたことが証明されました。

会社は勤務報告のとおりの残業時間が正しく、Aさんは業務と無関係に社内にいたと主張しましたが認められず、Aさんの上司は状況を理解していながら、何らかの策を講ずることをしなかったとして、会社側の責任を認めたものです。Aさんは入社まで恵まれた環境に育ち、心身ともに健康で本人、家族ともに精神疾患の既往歴がないなどを考慮して、過酷な業務が原因で精神疾患となったと認めました。

一審の東京地裁では会社の責任が100%認められ賠償額は1億2600万円の判決です。

その後の高裁では、賠償額が7割に減額されましたが、ほぼ地裁判決を支持したため、会社が上告しました。減額の理由は、両親が状況を知りながら具体的な策を講じなかったなどとされ、722条2項の過失相殺が適用されたものです。

最高裁判決では、民法722条の過失相殺により賠償額を減額したことについて、Aさんはごく普通の青年であり、過重労働以外に精神病になる理由が考えられない、また、両親が会社に対して何かできる立場ではないので、両親に過失があるとは言えない、上司が状況を把握しながら何も措置をしていない点等をもっとよく考慮すべきとして、高裁に差し戻しました。

要するに、Aさんや両親に相殺されるべき過失はないという、会社側に対してより厳しい判決です。

その後、差し戻しとなった東京高裁で和解が成立して、会社が1億6800万円を支払、謝罪するということで決着しました。

この事件は高額な賠償額が話題となりましたが、社員が精神を病むほどの過重な労働を強いた会社に対して、全面的な責任を認めたということでも画期的な判例となりました。

うつ病による労災の認定は年々増え続けています。会社には社員が安全で健康に働けるように職場環境を整える義務がありますので、健康チェックをはじめとして、特定の社員に業務が過重になっていないかなど、日頃から配慮する必要があります。

この事件では、上司の靴の中に入れたビールを飲むことをAさんに強要するなどの、いわばパワーハラスメント(職場の権力を背景にしたいじめや嫌がらせ)とも言えるようなことも確認されています。新入社員が何も言えず従わざるを得ないような職場の慣行も、Aさんの精神を傷つけたと思われます。

会社側は当然Aさんの過重な労働について認識していたと思われますが、特に何らかの措置を講じませんでした。判決でもその点が厳しく指摘されています。

社員の心の病は、業績の低下を招き、人材、人件費の損失であり労使トラブルのもとともなります。

原因として考えられるのは主として

1.過重労働

2.セクシャルハラスメント、パワーハラスメント

ですので、そのようなことのないように社内規程の整備、社員に対する啓発活動、社員向けのカウンセリングの充実などにより防止するよう、労務管理を徹底してください。

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